半農半菓
時間どろぼう(2) 〜イス取りゲーム〜
2008年12月8日
お金の問題点を、シンプルに表してる寓話を見つけました。
まずはここから。

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お金の問題点を知るために、一つの寓話から話を始めましょう。

あるところに、自給自足をしていて、足りないものは物々交換で補っている100人ほどの小さな農村がありました。

そこへ、どこからともなく見知らぬ男が現れます。

男は村中をブラブラしながら、しばらく村人たちの生活を観察していました。素朴で疑うことを知らない村人たちは、不審な男へも笑顔で挨拶し、決して豊かとは言えない生活にもかかわらず、家に招いて食事を御馳走したり、寝場所を提供してあげたりしました。

何日か過ぎて、男は村人を集めてこう話し出しました。「皆さんはなんて原始的な生活をしているのでしょう。私が良いモノを教えてあげましょう」そう言って、あるモノを皆に配り始めました。

「これはお金というものです。これを使えば交換がスムーズにおこなえます」

さらに男は、野菜作りが得意な人は八百屋を、狩りが得意な人は肉屋を、釣りが得意な人は魚屋を、料理が得意な人はレストランを、お菓子作りが好きな人にはケーキ屋を、花が好きな人には花屋を、手先の器用な人には大工を、きれい好きな人には掃除屋をと、各人がお店を開くことを勧めました。

それまでは自分の生活に必要なモノを各人がバラバラに作ったり調理したりしていたのですが、男が置いていったお金を使って交換をすることにより、それぞれが自分の得意なことや好きなことを活かして生活ができるようになりました。また、作業を分担することにより、村人同士のつながりも密接になり、静かだった村に活気が出てきました。

1年が過ぎて、再び男が現れ、村人を集めてこう言いました。
「どうです?お金があると便利でしょ?申し遅れましたが、実は私、銀行家です。この前、皆さんに10万円ずつお貸ししました。来年、また来ますので、それまでに利子をつけて11万円を返してください。もし返していただけない場合は、お店の権利をいただくことになります」

お金のある生活にすっかり慣れてしまった村人たちは、昔のような自給自足の生活に戻る気はありません。お金を貸してくれた銀行家に御礼を支払うのは当然と、利子をつけて返済することを了承しました。

再び日常生活に戻り、いつもどおり商売に励む日々が続きました。しかし、なんとなく手元のお金が気になります。すでに11万円持っている人は、お金を減らさないようできるだけ使わないことにしました。また、11万円持っていない人は、足りない分を何とか稼ごうと、もっと儲かる方法はないかとアイディアを捻る人が出てきました。

返済日が近づくにつれ、11万円持っていない人は焦り始めます。「どうしよう?このままだとお店を没収されてしまう…」

【こうして仕事の目的が、これまでのように人々が必要とするものを提供することではなく、お金を稼ぐことに変わっていきました】

そして、相手が必要としているかどうかなんて関係なく、とにかく売ってお金を儲けることを目指すようになります。なんとなく村人同士の関係もギクシャクしてきました。

1年が過ぎ、銀行家は再び村へ戻って来ました。「さぁ、皆さん、約束どおり、利子を付けてお金を返してください」

10万円を100人に貸したので、村にあるお金は1000万円です。しかし、銀行家へ返すお金の総額は1100万円。当然、返済できない人が出てきます。結局、村人の3分の2が返済できませんでした。村人の中に「勝ち組」と「負け組」が誕生します。

銀行家は「負け組」の人たちに向かってこう言います。「またお金を貸してあげてもいいですが、皆さんはどうも商売が上手ではないようです。リスクが高いので、今度は利子を20%にして12万円を返してもらいます。ただし、今度こそ返していただけない場合は、お店の権利をもらいますよ」

銀行家は返済の誓約を得て、再び村人にお金を貸し付けて行きました。「では、また1年後に」

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『金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った』より引用
著者:安部芳裕(徳間書店)

お金というのは本来、物やサービスの交換を便利にするための交換ツール。
それだけであれば、問題は発生しないはず。
ですが、いつの時代からか、だれかが「利子」というものを発明したみたい。

この寓話は、複雑な実際の経済システムをとてもシンプルにまとめてくれています。
村に流通しているお金は1000万円。
利子が存在しなければ、お金は村の中を循環するだけです。
商売の上手い下手により、お金をたくさん持ってる人とそうでない人はできるでしょうが。

しかしここに利子がつくことで、決定的なことが生まれます。
「利子」というのは、バーチャルな数字で、本来実在しないお金。
村全体としては、現金は1000万円しか流通してないのに、
銀行に返さなければならない金額は1100万円。
100万円分実在しないお金が生まれたのです。

この村の中に利子分のお金はありません。
利子を付けて返すには、他の村から、利子分のお金を持ってこないといけません。
それができなければ、この村の中に誰かが常に借金を背負う、完済できない人が生まれるわけです。
これはよく椅子取りゲームに例えられます。
皆が椅子に座ろうとするけれど、全員分の椅子はありません。
必ず椅子に座れない人が出てくるのです。
利子分のお金は、椅子取りゲームのように、誰かから奪わなければ支払えません。
だから、椅子を巡って激しい競争が行われます。
そして、全体でみれば、貸出し金額より返済金額の方が常に大きい。
それは、無限の借金ループ。
借金を完済しようと思えば、さらに新たな借金をしないと出来ない仕組みになっています。

誰もが苦しい競争はやめたいのに、やめられない。
世界に、意図的に?強制的に組み込まれている「競争」。
私達は、利子=実際には存在しないお金を奪い合う、一種の椅子取りゲームに、いつの間にか参加させられていたのではないでしょうか。
そして、本来向かい合うべきたくさんの大切なことを、
そのための時間を、
見失ってしまったのかもしれません。

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