半農半菓
百姓になりたい
2003年11月18日
米をつくり、野菜を育て、鳥を飼い、家をつくり、炭を焼き、薪を割る。
ほんの数十年前まで日本人の多くはこういう生き方をしてきた。
「百姓」といわれる生き方だ。
文字通り、百の仕事をこなしてきた生き方のプロフェッショナル。

僕の場合、大工、さかん、米に麦、どれも真似事、素人仕事だ。
(ちなみに本業はケーキ屋、だけどこれも・・・・)
だけど「60点でいいじゃないか」と僕は思う。
どれをとっても100点満点のプロではないが、程よくすべてをこなすことで、生活の中に循環が生まれる。

描く理想は、朝、かごに入れた生ゴミを片手に散歩に。
鳥小屋に寄り、生ゴミを鳥たちにやり、卵をわけていただく。
田んぼの畦を歩き、水の見まわり。
畑にて、熟れたトマト、きゅうりをいただき、かごに入れる。
さて散歩を終えて家に着いたときには、朝の食材がそろう。

自給率30%。
この島国がどこかの国の言いなりになるのは、食べ物とエネルギーを牛耳られていることが大きい。
エネルギーと食べ物の自給。
そこからしか、この国の本当の自立は生まれない。

一反でいい。
家族が食べていく米と野菜をつくるには充分だ。
手に入るのは、とびきりの健康、どんな時代になろうと生きていける安心感といのちの充実感。

「百姓」になることで、僕たちは今ここが楽園だということをきっと思い出すだろう。

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