澄んだ秋空の日に
2009年10月3日
今日の田名の港は、中電の船も来ず、おだやかな凪いだ風が吹く。
何日かぶりにカヤックに乗って出たんだけど、 今日はカヤック隊も、のんびりと。 中電さんも来なくて、あまりにも気持のいい海だったので、 カヤックでシンクロ演技をしてました。 虹のカヤック隊。 8艇の色とりどりの船が、虹のグラデーションを描く。 本人たちはそのつもりだったのですが、腕がともなってないので、 写真で見ると、ぜんぜん円形になってなかった・・・(^^;) 昼からは、田んぼでひえ取り。 耕した田圃で今頃になって稗がちょろちょろ頭を出し始めた。 下の田の人から、草の種を落とさないでくれと言われたので、 田に入る。 お米の出来には関係ないほどちょろちょろだから、そう言われなかったら、気にしない程度の生え方なんだけど。 うちの田だけの問題なら、ひえの種が山ほど田に落ちたとしても、 米ぬかと深水管理だけでほぼ完璧に抑えることができるから。 ケーキ屋はどうしてるかって? 店は、今日は完全にスタッフ任せ(^^;)。 子供たちは、今夜は月見会。 僕は、昨夜、今夜と、深夜の田名埠頭に見張りに行くことになったので、パスしたら、 嫁さんの目に、微妙なオーラが漂う。 親一人で子ども4人を引き連れて、一日過ごすってのは、すごいエネルギーを使う。 ここのところ、店、大工仕事、、保育園、上関のことと、いろいろある。 ひまな親父を目指すといいながら、ほとんど子どもたちと遊んでない。 同じ方向を向きながらも、その歩み方、考え方は、夫婦といえどもそれぞれだ。 ここにも、お互いを理解し合わなければいけない一つの根っこがある。 大事な根っこだ。 かなり・・・(^^;) 僕は昔、環境問題をなんとかしようと動き回り、家をあけっぱなし、 家庭環境問題が崩壊寸前になったことがある。 皮一枚で、根っこはつながって、今に至る。 その時の経験から、学んだこと。 足もとのことをおろそかにして、何をやっても本末転倒になる。 外へ外へと向きすぎたら、内側が空っぽになってしまう。 地に足をつけて、進んでいこう。 ってこと。 その延長に今の暮らしがある。 「すべての問題を生まない暮らしを足もとから創る」 「答えを生きる」 、そのことにフォーカスしてここまで来た。 作ろうとしてる保育園もその延長にある。 足もとが浮かないように歩く。 けど、上関のことも足もとのこと。 極論いえば、パレスチナで起こってることだって、 宇宙的な視野でいえば、足もとのこと。 家のこと、仕事のこと、社会のこと、世界のこと。 でも、体はひとつ。 分散すれば、ほんとうの力は出ない。 でも、一つのことだけに集中すれば、他のことは見なくていいのか。 自分は何にフォーカスするのか。 どうしたいのか。 自分は何者でありたいのか。 出会ってゆくその時どきの出来事の中で、 問い続けていく自分がいる。 そしてその時どきの中で、選んでいくしかない。 きっとほんとうの答えなんてないのだと思う。 ただ一人ひとりの選択の結果が、 今を創り、 未来につながっていくだけ。 |